ブランパン(BLANCPAIN)腕時計高価買取のポイント
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ブランパン(BLANCPAIN)腕時計の歴史と特徴
時計ブランドを語るときに大きな事象はいくつか上げられるのだろう。歴史的背景、技術力、オリジナリティ、先進性などが、そのブランドを形作る要素としてひとつのイメージを構成する訳であるから、すべてを網羅するストーリーがベストであることは言うまでもない。時計にも同じことがいえる。ブランドリーダーとなるモデルには、それを見た瞬間に物語を話し始めるような存在感が望ましい。ブランパンのマスターピース・コレクションは、伝統に裏付けられた技術力を今日に帰結させたというイメージを表現する、見事なサンプルといえるのではないか。
外観の装飾は極力控え目に、時計の中核を形成するムーブメントは驚くべき複雑さをもつという伝統的なマスターピース・コレクションは、1990年に6つのモデルすべてが完璧に成熟したという意味で完成され、ブランパンを代表する傑作品として知られる。
時の神髄と言える「ウルトラ・スリム」は程よい薄さの機械式時計だ。1911年に最初のモデルが発表され人気を博す。これがブランパンの技術革新を促す結果となり、1925年に現在の形が完成した。厚さ1.75mm以下のケースに、熟練された職人の技術が集約されている。
「ムーンフェイズ」は天文学と時計学の融合から生まれた概念である。月齢だけでなく、曜日、日付、月を同時に表示する機能を有している。1984年の発表だが、業界全体にムーンフェイへズの再認識と、永続的な復刻を促すきっかけを与えた。
「パーベチュアルーカレンダー」は日付、曜日を修正する必要がなく、閏年の調整をも自らが行うという永久カレンダーである。この機能の基礎は1853年に開発され、時計史上に輝く偉業として称えられている。
自動車産業や電気産業の発達に伴い開発された「スプリット・セコンド・クロノグラフ」は、機械式クラッチがフライバック針を停止させることを可能にし、ダイアル上で瞬時に経過時間を読み取れる複雑時計である。
「トゥールビヨン」は1795年にブレゲによって発明された。機械式ムーブメントの可動パーツにかかる重力誤差を補正し、装着時の姿勢差を解消するという機構である。脱進機全体がカゴ型の骨組みやキャリッジの中に納められ、1分間に1回規則的に回転させることで姿勢値誤差をなくそうとするものだ。ブランパンはこの機構をさらに革新的に発展させ、8日間のパワーリザーブ付き「トゥールビヨン」を1990年に発表している。
ケース内で対を成すふたつのハンマーが鐘を鳴らし、文字盤の確認なしでも経過時間を認識できるのが「ミニッツ・リピーター」だ。機械式メモリーにより、必要に応じて、時間・1/4時間・分を、透き通った金属音のチャイムが告げるという機能をもつ。金属効果技術と音響学、力学の原理が効果的に調和するブランパンの最高傑作として、揺るぎない地位を確立している。
ブランパンの作り上げたマスターピース・コレクションは、以上の全6種で構成される。6つの仕掛けは時計機構史上の6大傑作とされ、かつての職人の技量に対してこれらすべてのデザイン、製作が可能か否かで、最高の称号「マイスター」に値するかどうかが判断されたほどである。量産や工作機器に頼ることが常である現在、6大傑作への挑戦は最も困難なものであったが、ブランパンの時計職人たちは「ひとりの職人がひとつの時計を一貫して製作する」という信念と卓越した技術力、伝統のクラフツマン・シップを結集しこれを完遂したのである。
ブランパンの時計のケースには、当初よりプラチナやゴールドが用いられた。機械式の複雑時計には、その品格に相応しいとされるこれらの素材を使用することが常識的だったからであろう。しかし今年のバーゼル・フェアで発表されたニューモデルは、ステンレス・スチールをケース素材に使用したものであった(但しミニッツ・リピーターのみ時間経過を知らせる音色が最優先のため、ゴールド或いはプラチナケースを使用)。ブランパンは見事にこの常識を覆して見せたのである。繊細な機械を頑強なステンレス・スチールケースに包み込むという合理的な考え方は、非常に今日的である。また結果的に起こる価格の変動は、顧客層の拡大を狙うには充分に戦略的であろう。いずれにしても、現存する最古の時計メー力ーとしてのプライドにとらわれる事なく、柔軟な新しい感覚で時計作りに取り組むという姿勢をブランパン自身が内外にアピールしたことにほかならない。
ここでブランパンの誕生について触れておこう。1735年、ジャン・ジャック・ブランパンによって、ジュウ渓谷のヴィレル村で創設されたブランパンは、現存する世界最古の時計ブランドとして、手作業で行われる昔ながらの時計製作技術を継承しつつ、数々の名品を世に送り出している。特に1900年代前半の活躍がめざましく、1926年には自動巻き腕時計の試作品を開発、1930年、方形のデザインと装飾に特徴のある自動巻き「ロールス」の製造、1953年、アメリカ海軍やフランスの映画家クストーなどが愛用した200m防水のダイバーズウォッチ「フィフティーフェーソン」、1956年、直径11.85mmと世界最小の女性用ムーブメントが搭載された「レディーバード」を発表。小型時計のブームを起こした。
しかし1970年代になると、クォーツ時計の普及に影響を受けて経営が悪化し、オメガに買収されることになる。ブランパンは時計製造を中止せざるを得なくなり、13代に渡って続いた同族経営に終止符が打たれた。
同じ頃、現在の社長ジヤン・クロード・ビバーはオーデマ・ピゲ、オメガなどで経験を積み、高級時計のエキスパートとして活躍する存在であった。1983年、彼は超高級複雑時計ムーブメントを製造するフレデリック・ピゲ社の社長、ジャック・ピゲの協力を得てブランパン再興に乗り出した。当時はジャック・ピゲが製作したキャリバー9と呼ばる汎用型ムーブメントを使用し若干の時計を製作したが、「独自のムーブメントを使用していれば、必ず成功する」というビバーの信念に基づき、数億円を投資してオリジナルムーブメントの開発を行った。完成したムーブメントは、多用途発展型のエボーシュで、クロノグラフ、スプリット・セコンド・クロノグラフ、ミニッツ・リピーターなどに使用できるものであった。ムーブメントに対する執着がブランパンを再建に導いた結果となったのだ。その後もオリジナルムーブメントの開発は引き続き行われているが、「時計の原点を見つめ、価値ある文化財として伝統の時計作りを守っていく」という考え方から、創設以来クォーツムーブメントは一切作られていない。
時計の原点を見つめ、価値ある文化財として伝統の時計作りを守っていく。これは機械式時計にこだわるブランパンの本質であり、企業哲学である。現在はルーブラスとローザンヌにアトリエを構え、20人のクラフツマンが芸術的ともいえる時計作りに励んでいる。緻密な仕事ゆえに緊張感と集中力が要求されるため、就業形態は完全フレックス制が実施されている。職人は自分のコンディションに合わせて、24時間いつでも作業を行える。それがたとえ真夜中であってもである。「最高の状態で最高の作品を作る」という製作環境が約束されているのだ。職人たちは追及心と情熱を保ち続けながら伝統の手法を守り、究極のマスターピースを完成させている。
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